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【世界遺産登録】ユネスコの世界遺産登録に喜ぶ日本の裏に潜む不安について。韓国の反応は?【負の遺産扱い?】

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これ、今後の懸念につながりかねないですね・・・

7月5日の午後11時に福岡県の八幡製鉄所や三菱長崎造船所などの「明治日本の産業革命遺産」に対して世界遺産登録が決定しました。とても喜ばしいことですね。しかしニュースを見ていると「あれ、これってまずいんじゃないの?」と感じたので、今回ご紹介したいと思います。

世界遺産に登録への流れ

まず、今回の「明治日本の産業革命遺産」がどういう経緯で世界遺産に登録されるまでに至ったかについてですが、今回の申請は「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」という題名で平成25年9月に推薦書をユネスコ世界遺産センターへ提出してますね。ここからが始まりです。日本が推薦した遺産に対して覆された例は無いので、後は登録まで粛々と進んでいくだけでした。

首相官邸ホームページより

「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の
世界文化遺産推薦に係る推薦書(暫定版)の
ユネスコへの提出について

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/yuushikisya/info130920.html

その後世界遺産委員会の審議を経て、世界遺産への登録をするという流れなのですが、ここでもう皆さんご存知の「韓国」が横槍を入れてくることになります。

途中まで反対を表明する韓国

2015年の5~6月まで韓国は日本の世界遺産の登録阻止に向けてロビー活動を展開していました。実際に韓国の尹外相はドイツやクロアチアに訪問をして、「明治日本の産業革命遺産」への登録反対をして欲しいと打診をしました。毎度のことですが、日本の嫌がらせに関しては本気と書いてマジな国ですね。

THE HUFFINGTON POSTより

世界遺産登録へ協力で一致、韓国一転の背景に何があった?【日韓国交正常化50年】

http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/21/world-heritage-south-korea_n_7632372.html

そして6月21日に岸田外相と韓国の尹外相が会談を行い、世界遺産登録に関して「両国がお互いの遺産が登録される」ように協力をすることで一致することになります。しかしその後がまったく予想外の(ある意味では予想通りの)行動を韓国が取ることになります。

世界遺産を審議するユネスコ会議で韓国が一転反対を表明

先ほどの「両国がお互いの遺産登録に向けて協力する」という会談の内容は踏みにじられる形となりました。恐らく韓国側の世論が韓国の首脳たちの予想以上に「反対」の様相を呈してきたからだと思われますが、ここで通常の国での決まりごととしての「国同士の会談で決まった内容」よりも「自国の世論」が優先されるという韓国のお国柄が出ているんだなと感じます。

本題 その後審議が続き、やっとのこと世界遺産に登録

そして本題です。7月5日午後11時にやっとのこと世界遺産に登録されることが決まりました。ここまでなら「色々邪魔もあったけどよかったよかった」と思うだけでよかったのですが、この後の詳細を見てみると「やばそうな内容」があることが明らかになりました。

韓国が最後までこだわりつづけた「強制連行」の文言

今回の世界遺産の「明治日本の産業革命遺産」なのですが、文字通り明治時代の産業革命でのことなので、本来なら韓国の「強制連行」の内容は明治には当てはまらないことになります。しかし今回のユネスコの日本と韓国との間で会議された内容で最終的に世界遺産に登録された後、日本のユネスコ大使はある文言を話します。

「1940年代に一部の施設で大勢の朝鮮半島の人々などが意に反して厳しい環境下で労働を強いられた」

という発言とともに「この犠牲者のことを忘れないようにする情報センターの設置など、適切な措置を取る用意がある」という発言を行いました。それに対して韓国のチョ・テヨル第2外務次官が世界遺産委員会に対して「確実に実行されるか検証する必要がある」という内容で発言しました。そして韓国は「強制連行」を日本が認めるような旨の発言を行いました。

NHK NEWS WEBより

「明治日本の産業革命遺産」世界遺産に登録決定

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150705/k10010139851000.html

このNHKニュースの最後の部分にこの内容の部分が記載されています。

負の遺産としての位置づけがされてしまった懸念

これが今回の世界遺産の懸念の焦点です。日本の世界遺産の位置づけが、「産業革命の遺産」というプラスの意味を持つ世界遺産から、広島の原爆ドームやドイツのアウシュビッツ強制収容所のような「負の遺産」としての側面が強調される意味での登録となってしまいました。最初日本としては「強制連行」は明治時代の遺産は関係がないので文言に含めたくないという姿勢を貫いてきましたが、最後には世界遺産が「一部施設で労働を強いられた」発言と「その犠牲者の情報を発信する情報センターの設置」という2重の負けを認めるような状態になってしまいました。世界遺産に認められた瞬間、現地の人たちは喜んでいましたが、この状況に対してはまだ把握をしていないものと思われます。これで一部施設に関しては「明治の産業革命施設」ではなく「強制連行の施設」としてしか見てもらえない可能性すら出てきました。ちなみに世界遺産委員会では明確に「負の遺産」としての分類はありません。しかし結局はそれを宣伝するときにどう各国が言うかですよね・・・。韓国が言うときには「日本が世界遺産委員会で強制連行を認めた施設」とか言うのが目に浮かびますね・・・・。それで後から日本が抗議をしても「あの会議で認めたじゃないか!」っていうコンボまでつながるんじゃないでしょうか・・・・。

日本がここまで譲歩をすることになった理由

最終的に日本がここまで情報をすることになった理由ですが、単純でした「もし来季に持ち越したら日本が世界遺産の委員国から外れる」からです。一方韓国は来年も委員国に残ります。結局今回は韓国に最初から最後まで引っ掻き回されて、譲歩もしてしまったということですね。なんか1980年代の日本にタイムスリップしたかのような腰砕け外交を見せてもらった感じがしますね。まあ韓国が日本との約束事を簡単に反故にするというのはお決まりですが、こんな調子で日韓首脳会議でなにか決められれるとでも思っているんですかね?あと軍艦島が登録されて喜んでいる住民たちが可哀想ですね。強制連行をしたっていう情報センターまで作らなきゃいけないって・・・・。いいのかなぁ、本当に・・・・。

以上です。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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